閃輝暗展(音楽編その5

ラヴェル組曲『鏡』より「鐘の谷」

あかねさす真昼のパリの屋根の谷に教会の鐘が鳴り渡るその時、どこぞの屋根裏の窓にでも反射する光が引き金になったか、閃輝暗点が始まる。

窓も扉もカーテンもブラインドも全て締め、耳目を塞いで寝床に潜り込むが、鐘の音は幾重にも響き合い、倍音倍音を重ね、頭痛持ちの耳の奥へ奥へと入り込んでくる。視野いっぱいに拡がりつつあるWを連ねた幻視の谷は、現実の鐘の音に共振し歪み滲む。激痛に翻弄される、ぬばたまの白昼の訪れである。

悲しみと苦しみと恐怖に震え泣きながら、深く暗い谷底へ吸い込まれるように堕ちてゆく。部屋には彼ひとり。パリの屋根の下に棲む人々は誰ひとりも彼の孤独を知らない。寄り添ってくれる犬猫さえ居ない。


ラヴェル本人による演奏


閃輝暗点音楽会ラヴェル編、組曲『鏡』の五曲全てを観てきました。頭の中がギラギラです。

ラヴェルが頭痛持ちで脳の病気で亡くなったことは有名な話なのですが、閃輝暗点を持っていたのかどうかは、私はまだ確認していません。

しかし、一旦それを疑ってからは、もうどれもこれもそう聴こえてしまいます。とくにこの組曲に関しては感覚的には間違いないと思いました。

ラヴェル本人はこれが何故『鏡』なのかを語ってないようなのですが、「彼の心の鏡に映った風景なのであろう」なんてところに多くの解説者が着地していると思います。

私はこの曲たちに、ひびの入った鏡、割れ鏡、その破片で作られたモザイク、合わせ鏡、曇った鏡、水鏡をはっきりと見聴きしました。それらに映った世界、それらで描かれた幻影が音によって表現されていると確信しました。だからこそ文字通り『鏡』が総題であるのだと。

クープランの墓」や「夜のガスパール」などなど、また偏った耳で聴き直してみようと思います。


シャガールの「パリの屋根の上」

生き物たちが逆Cの字型を描いた閃輝暗点の構図かと思います。祝福の鐘が鳴り響いていそう。


ピカソの「ロワイアンのカフェ」

パリではありませんが、窓から見下ろした風景なのでしょう、視界に断裂が見られ、閃輝暗点のギザギザが中央右あたりに黒っぽい逆C型で、その上には直線で蜃気楼の谷山のように浮かんでいます。

浜口陽三氏の『パリの屋根』ラヴェルの暗い谷のイメージが有るかもしれません。